いのちと働くをつなぐ道
私の仕事の原点は、看護の現場にあります。
看護師としての経験を土台に、アロマケアやキャリア支援の実践と学びを重ねながら、人の健康や人生、その人らしい生き方に寄り添う関わりを大切にしてきました。
このページでは、これまでの歩みを綴っています。
20代前半は、がんセンターや総合病院の急性期病棟で働き、看護師としての土台を築いた時期でした。
いのちと向き合う現場では、分刻みにやることに追われ、緊張感が走る日々…。 その中で、心が揺さぶられる瞬間も少なくありませんでした。
患者さんやご家族が、それぞれの生き方や大切にしたいものを静かに見つめ直していく姿に触れるたび、 “自分らしく生きる”という問いが、私の中に育っていきました。
人の強さや弱さに触れたり
どうしようもない現実の前で無力さを感じたり…
現実を受け入れ、少しずつ変わっていく姿に励まされたり
どんな時も、日常の中に小さな喜びを見つける大切さを教わったり
振り返ると、毎日を懸命に過ごしていた時期でしたが、その経験の積み重ねが、私の看護観や健康観の原点になっています。
そして、健康をとおして人生の転機に寄り添う経験は、今も深く心に残り、その後の歩みに静かにつながっています。
看護師として臨床経験を重ねた後、海外を旅したことがきっかけで、 もっと広い世界の文化や価値観を、暮らしの中で感じてみたいと思うようになりました。
その思いを後押ししてくれる出会いにも恵まれ、20代後半にワーキングホリデーでオーストラリアへ渡ります。
そこでの生活は、肩書きや役割から少し離れ、素の自分に戻った時間でした。
語学学校へ通ったり、広い大陸を旅したり、日本食レストランでアルバイトをしたりなど、さまざまな経験を通して、多くの国の人と出会います。
そうした日々を過ごす中で、多様な文化や価値観にも触れ、私のなかの「こうあるべき」という枠がゆるみ、
自分の中の常識が少しずつ変わっていきました。
ゆるんだのは価値観の枠だけではなく、気づけば体も横に広がっていて(笑)
“ゆるむってこういうことか”と実感したのも良い思い出です。
帰国後は元の職場に戻り、糖尿病の専門外来での教育的な関わりや、スタッフ指導などを経て、看護教育の道へ進みます。
看護学校では、一緒に悩み学びながら共に成長することを大切にしてきました。
その後、結婚を機に退職。
人生の中で大きな決断でしたが、新たな土地で一歩を踏み出しました。
夫の転勤により、度重なる引っ越しの中で環境が何度も変わる中、専業主婦を経て、地域の健康支援に携わりました。
この期間は、家族や身近な人の病気や死、心の不調、そして自分自身の揺らぎなど、さまざまなライフイベントを経験し、振り返ると、人生で最も色濃い転機の時期でした。
その中で、「死生観」や「その人らしさ」について、自然と意識が向かうようになります。
また、看護師としての経験を振り返る中で、健康を支える人こそ、自分をケアする時間が必要だと感じたことなど、様々な経験が重なり、心理学・カウンセリング・アロマセラピー・死生観の学びへとつながっていきました。
その後は、アロマセラピーを取り入れたクリニック、訪問看護、個人事業としての活動を経て、キャリア支援へと歩みがつながっていきます。
中でも、アロマセラピストとしての経験は、 私の健康観を大きく広げてくれました。
クリニックに併設されたアロマサロンで実践を重ねる中で、 香りやタッチがその人の気分をふっと変え、 表情がやわらかくほどけていく瞬間に何度も立ち会いました。
また、多くの出会いを通して、 ケアは一方的に“与える”ものではなく、 互いに影響し合い、支え合う営みだという価値観へと変化していきました。
家族へのアロマケアでは、
言葉にできない思いを伝えられたり、普段聞けない話をゆっくり聴けたり…
静かに同じ時間を過ごしながら、豊かな時間を沢山受け取りました。
“香りや手で触れることは、心に触れること”だと感じています。
これまでの中で、自分の方向性に迷い、悩んだ時期が何度もありました。
けれど、キャリア支援の学びを通して、それぞれの経験が一本の線のようにつながり、今の自分を支えていることに気づきました。
どんな経験も、次の一歩を形づくる力になっています。
看護、アロマケア、キャリア支援と関わる領域は変化してきましたが、一貫して大切にしているのは、
人の健康や人生、その人らしい生き方に寄り添いながら、自分の内側にある感覚や本音に気づき、 自分なりの選択を重ねていくプロセスを支えることです。
これまでの歩みの中で、多くの人に支えられてきました。
関わってきた方々や、共に過ごしてきた人たちの存在が、今の自分をつくっています。
これまでの経験を、
これから出会う方のサポートに
丁寧につなげていきます。
ここからまた、新しい景色へ。